●ハワイが世界中に知られた日

1778年、リゾルーション号に乗ったキャプテン・クックが
カウアイ島のワイメアベイに到着。
この日からハワイは世界中の人々に知られるようになります。
当時クックがつけた名前は「サンドイッチ・アイランド」。



●ハワイ全体の島の数は132

一番大きい島はハワイ島
有名なのは観光客が多く訪れるマウイ島、カウアイ島、オアフ島
モロカイ島、ラナイ島、ニイハウ島などです



●夢の島

アメリカ本土の人々でも
1950年代は、まだまだハワイは遠い夢の島
当時はパン・アメリカ航空が西海岸から所用時間14時間の飛行艇航路を持っていましたが、
1950年10月にユナイテッド航空もロサンジェルスとホノルル間に
所要時間、9時間30分のボーイングを就航させ、多くの乗客を可能にしました。




●ハワイ州が生まれる

第34代のアメリカ大統領アイゼンハワーが
1959年8月21日にハワイを、アメリカ合衆国の50番目の新しい州として認め署名。
とりあえず、日本から一番近いアメリカが誕生しました。

●ユニオンジャックが入ったハワイの州旗。

これはハワイを発見した、キャプテン・クックが英国人であった証です。

●1964年頃の観光客は、

ほとんどがアメリカ人で一日約16000人。
約40年後の今、現在の観光客の大半は日本人です。
世界各国から訪れる一日あたりの観光客も日本の一つの都市の人口分がハワイを訪れています。
もう、夢の島では無いのかも知れません。

●ビショップ・ミュージアム

1889年に開設された世界最大の
ハワイアン・カルチャーとアートの資料館。

●世界で一番サーファーが多い大学

ユニバーシティ・オブ・ハワイ
300エーカーの大キャンパス。
なめてはいけません。サーフィンばかりやっていると卒業どころか、進級さえ出来ません。

●デューク・カハナモクの伝説

1890年生まれの純血ハワイアン。
1912年のロサンジェルスオリンピックの水泳競技で金メダル獲得。
ハリウッド映画にも出演。
1968年サーフボードで転覆船救助の途中で死亡。
伝説の中に生きる、実在したサーフィンの神様。

●オアフ島・ノースショア

「ビッグ・ウエンズディ」
1978年に日本で公開されたドラマ仕立てサーフイン映画の古典。
ラストのエンドロールで日本人の無名歌手の日本語挿入歌にはガックリ。

撮影場所のノースショアも、
この映画で初めて知った人が多いはず。
冬にはビッグウェイブが押し寄せ、
サーフィンの大会も数多く開催されるサーフィンの聖地です。
ノースショアの中心となる町「ハレイワ」は、
プランテーション時代の面影を残す味わい深い町で、
ワイキキとは違う“古き良きハワイ”が実感できます。

●スピルバーグのお気に入り

映画「レイダース・失われたアーク」や「ジュラッシックパーク」も
確か、ハワイで撮影されています。

●ブルーハワイ

おなじみ、王道、ハワイの青い飲み物。
  あの、エルヴィスの名曲・主演映画のタイトルにもなっています。

●パイナップルはハワイ原産の植物ではない。

19世紀末にジェームス・ドールが産業として、
ハワイからパイナップルを
アメリカ本土に送り始めてから
ハワイを代表する産物となりました。

●コナ・コーヒー

唯一、アメリカ国内(ハワイ島)で栽培され、丁寧に手で摘まれたコーヒー豆。
独特の苦みで人気があります。

●ハワイのカヌー(カヤック)けっこう早い。

先住ハワイアンはカヤックで海を渡りハワイ島に到着したと思います。
地元の樹木コアウッドの丸太をえぐって作られるそうです。
人や物を乗せてひたすら漕ぐ。
浅い珊瑚礁の上を自由に行ったり来たりして、島の波打ち際まで乗り付けられます。
船体の横に並行にアウトリガーという櫂がついているのが特徴です。 無粋で、うるさい水上バイクなど目ではありません。

●パールハーバー(真珠湾)

1911年にアメリカ海軍太平洋艦隊の基地・軍港となる。
この日からハワイは観光だけの島でなくなります。
1935年4月16日、パン・アメリカン航空の飛行艇が初めて乗客を乗せ、
サンフランシスコ湾を飛び立ち着水したのが真珠湾。

1941年12月8日、太平洋戦争開戦。
ロマンチックで美しい名前の港なのに、
日本海軍が奇襲攻撃をかけた時から、悲しい歴史に名を残すようになる。


このページの上に戻る
TOPに戻る